3(本件書籍(3)の中の記述部分)
    (1)筆者は別にアムウェイに固執しているわけではない。同社がわが国におけるマルチまがい企業(「紹介販売」会社)の中でもっとも大きいから、マルチならびにマルチまがい企業の典型例として取り上げているだけである。(3頁13行目)

    (2)創業して年を経るとともに同社が持っているマルチまがいという組織矛盾は次第に露呈。それとともに、本来の広告効果のためではなく、マスコミ対策として広告を多量に出さないわけにはいかなくなった。特に89年からはそれが顕著です。(36頁8行目)

    (3)そこでもアムウェイ製品のインチキ度とともに、その商法叶のものが以下のようにハッキリと「悪徳」と指摘されている。20年以上前に大はやりしたネズミ講式ビジネスと何ら変わるところがない。(48頁14行目)

    (4)なぜ、日本アムゥェイに100万人を超える販売員が加入し、その3割ともいわれる人々が同社製品を必死に売り込んでいるのか(残りの7割は自己消費のみといわれる)。それは「紹介販売」といわれる、その実マルチまがい商法ゆえに一時的に成立する急成長、高利益に魅力を感じ、そのおこぼれに与かろうと思っているからだろう。設備投資のせいなどと、一般企業のような言い訳は通用しないのだ。(58頁6行目)

    (5)もちろん、この『ジャパンライフ」を始めとする多くのマルチ企業の失敗例を参考に脱法策を練り、マルチまがい企業として売上の急成長もほどほどに抑えることで、堂々と営業を続けている日本アムウェイだから、この「ジャパンライフ」の例とそのまま比較することはできない。(59頁22行目)

    (6)アムゥェイ商法の問題点は、大きく二つ挙げられる。まず、第一は、他人を騙してでも売上げに突っ走る必然性を持っているマルチまがい商法であるという点。そして第二は、日本アムウェイではうちの製品は高品質というが、実際には一般企業の製品と大差ないどころか、むしろ劣っているものさえ少なくないという点だ。そのうえにネズミ講同様マネーゲーム化しやすい高級商品を扱つている。歴史を振り返ると明らかだが、まず、現金だけを媒介とするネズミ講が社会問題化し、その全面禁止の法規制の網をかいくぐって出て来たのがマルチ並びにマルチまがい商法である。つまり、アリバイ的に商品取引をすることで、本質はネズミ講と大差ないのだが、法の網をくぐれるというものだ。だが、アリバイ的に用意した商品なので、利益幅が大きな高額商品を扱いがちだし、またその質はどうしても低いものになりがちだ。しかし、それではネズミ講同様、ほどなく被害者からの苦情によって社会間題化してしまう。そこで次に考え出されたのが高品質の、しかも低額な日用品を確保することである。(68頁2行目)

    (7)自分としては、弁護士の友人や通産省にネズミ講でないことを確認しました。私は証券会社時代にマルチ商法の被害にあったこともあるし、退職後も実際、Sという「バブルスター」のようなマルチの説明会へ誘われたこともあります。ですからマルチ(まがい)商法やネズミ講の類には引っかからないという自信がありました。したがって、アムウェイがマルチであると断定された貴書には少々驚きました。(100頁13行目)

    (8)そして、いってみれぱ日本アムウェイはこの脱法行為を重ねている間に、以前のマルチ商法とは一見縁もゆかりもないような、極めて異質かつソフトなものに変質してしまったといえないだろうか。だが、もちろんその本質はなんら他のマルチ商法と変わらないのだ。(143頁7行目)

    (9)もっとも、一社のマルチ企業の寿命はひじょうに短い。マルチ商法の本質は、いわばアリバイ的に物を媒介させることで、79年5月に施行された「無限連鎖の防止に関する法律」で禁止されたねずみ講を合法化するもの。そのため、別名「ねずみ講式販売法」ともいわれることを思えぱ、ひじょうに短い期間、約1〜2年の間に組織拡大=売上を伸ばし破綻するのは当然であるからだ。そして、この典型的な軌跡をたどつたマルチ企業の一社がかの「ジャパンライフ」であり、そして改良に改良を重ねてかなり趣を変えたのが今日興隆を見せている「紹介販売(CB)」であり、その代表が「日本アムウェイ」と考える。(144頁9行目)

    (10)その特定利益とは、いうまでもなく、その物をさらに別の者に紹介する−つまり、ねずみ講でいうところの、子ねずみ、孫ねずみを増やし、このねずみたちが同社の商品を売ることで得られる。アムウェイでいえば、同社の商品を自己消費するために購入するだけでなく、第三者を販売員に勧誘し、その販売員が商品を販売、さらに次なる第三者を勧誘、この者が商品を売るといった連鎖による販売取引が拡大し、ある基準をクリアする毎に、通常の商取引(小売り利益)とは別にマージン(同社がいうスポンサー料など)が得られるというものだ。(148頁12行目)

    (11)この場合、一応商品を媒介にした商取引を装ってはいるものの、その本質はマネーゲームに過ぎないネズミ講と何ら変わらないではないか。もっとも、この商法は必ずしもネズミ講のようにただ会員を勧誘すればいいというものではない(実際に新会員が販売実績を上げないとマージンは入らない)し、また、その子ねずみ、孫ねずみの広がりもねずみ講のように垂直的なものではない(後に入会した者が、先の者より多く稼ぐ例もある)。だが、それでもこの「ネットワーク」とでもいうべき組織は、本質的にはねずみ講のそれと変わらない。なぜなら、ねずみ講は1人の会員が1日につき2人を、その2人が4人をというように子ねずみ、孫ねずみをねずみ算式に勧誘していけばわずか27日目で会員数が1億3400万人というように日本の総人口を突破してしまう=組織破綻と同じように、この商法も原理的には同じく多くの日を要せずに同じことが起こりうるからだ。(149頁14行目)

    (12)ねずみ講同様、マルチないしマルチまがい商法もいずれ破綻するシステムで、「日本アムウェイ」を例にとれぱ、『販売員数100万人、売上1000億円が限界」(業界紙記者)といわれる。(151頁13行目)